今日ののりべぇ 4月4日・火曜日(旧暦は閏月の2月14日)

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坂本龍一さん、ありがとうございました。

YMOって、当時小学生にも人気だったって、覚えている方、いらっしゃいますか?

 昨日はとにかくショックが強すぎました。1日経ちましたので、落ち着いて書かせていただこうと思います。坂本龍一さんと私たち世代の「関係」とでも言いましょうか。数千万分の1のエピソードでも。
 彼らのデビューは1978(昭和53)年ですが、日本で大ヒットとなったのは、実は翌年の話。最初は海外でのヒットでして、ヒットの逆輸入状態でした。意外なのは、当時の若者世代、現在では60代くらいの方々になるのでしょうが、その世代の人気と同じくらい、小学生の私たちにもウケたこと。1979(昭和54)年と言いますと、私が小学4年生の話です。当時のアニメやテレビゲームの影響もあってか、電子音楽(この言い方がもはや死語)を受け入れやすい世代だったかもしれません。蛇足ですが、「坊ちゃん狩り」を「テクノカット」とこじつけていたのは、懐かしい思い出です(笑)。

思春期の私に強い印象を与えた「戦メリ」と「スネークマン」。

 YMOデビュー当時の「ライディーン」や「テクノポリス」などを経て、1983(昭和58)年に上映された「戦場のメリークリスマス」は、本当に感動した一作でした。私が中学2年のことで、映画館で見たのを今でも覚えています。映画の内容もさることながら、サウンドトラックに感動しました。CDを購入したのは数年後ですが、サウンドトラックと一緒に、同氏がピアノだけで同サウンドトラックを演奏した「Coda」(実際にはサウンドトラックの他に2曲追加収録)も購入しました。今でも時々、同作を見ることがあります。
 また、ちょうど同じ時期になぜか仲間内で流行ったのが「スネークマンショー」。「スネークマンショー海賊版」ではYMOのメドレーが収録されていることもあり、スネークマンショーというと、YMOというイメージがついてしまいました(実際に「増殖」などでは彼らも出演)。特にこの「海賊版」がなぜか仲間内で流行。当時はカセットテープ企画で、ダビングにダビングを重ねた粗悪なテープ(アナログテープはコピーをするたびに音質が劣化します)を聞いては大爆笑するという、実に単純な遊びを楽しんでいました。思春期の少年たちの目を輝かせる内容でしたしね、実際。そしてこの「海賊版」も、のちにCD化され、我が家のCDラックに収まっております。

他にも私なりのエピソードはありますが…。

 映画「ラストエンペラー」のサウンドトラックと出演、あるいは映画「シェルタリング・スカイ」のサウンドトラック、アルバム「BTTB」など、私なりに好きな曲、映画はまだあるのですが、やはり子どもや春期の頃に経験した、あのインパクトの強さには及びません。それだけ私の人生に強く影響した坂本龍一さん。多くの作品をありがとうございました。

 明日のブログも、どうぞお楽しみに!

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