今日ののりべぇ 3月3日・金曜日(旧暦2月12日)

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ひな祭りだというのに、こんな話題でいいのかな?(何かと話題の「コオロギ問題」)

気持ちはわかるけど、唐突感は否めませんなぁ…。

 今日は桃の節句、ひな祭りです。女児のいるご家庭ではきっと、「ごっつい」雛人形が飾られ、お祝いなどをしていることでしょう、多分。いや、あの七段飾りだの九段飾りなどという、「自転車のギアの段数」みたいな雛人形は昭和の頃のお話でしょうか?
 そんな話はともかく、今日は雛人形の話ではなく、最近巷で少しだけ話題のネタをピックアップさせていただきます。
 先に申し上げますが、私の信条として、本ブログでは中立という名の「八方美人」(笑)を貫くため、基本的には、自身の支持政党や考え方などは出さないことにしております。一方で、「一定の合理性」に基づいた発言はさせていただいております。その断り書きを書かせていただいた上で、本題に入らせていただきます。
 結論から申し上げますと、最近話題の「食用コオロギ」の話ですが、完全否定こそしませんが、唐突感は否めないなぁ、というのが私の結論であります。まあ、1月の世界経済フォーラム(スイス・ダボス。通称ダボス会議)で同フォーラム会長のクラウス・シュワブだか、かのビル・ゲイツだかが提唱した「肉食をやめて環境負荷の低い昆虫食に切り替えろ」に起因してるのかもしれませんけどね。ついでに言えば、そんな話題のさなか、Pascoブランドでおなじみの敷島製パンが「コオロギカフェ」なるものを始めて、コオロギ粉を入れたパンだのバウムクーヘンを製造・販売し、それを河野太郎デジタル庁長官が食べたって話。そこまではともかく、その後のやり取りが炎上の火種でしたねぇ。
 ちょっとしたきっかけでしたが、「もう超熟(Pascoブランドの食パンなど)なんか食ってやらねぇ!」だのなんのと、ネットで大炎上中。加えて、敷島製パンとタッグを組んでいる、学生起業家が2019年に設立した「FUTURENAUT株式会社」も延焼し、同社は批判に対しては訴訟も辞さない構えとして、批判に対してファイティングポーズを取る始末だそうで、もはや映画「ロッキー4」における、「ロッキー・バルボア対イワン・ドラゴの試合」さながらの雰囲気であります。

そもそも、大昔は食べてたし、今でも田んぼでイナゴ取ったりしてるし、とかなんとかかんとか。

 誰をかばうわけではありませんが、客観的な事実として申し上げれば、大昔、貴重なタンパク源として昆虫を食していたらしいですし、現在でも一部の民族が食していることも事実。日本では稲刈りのあとに田んぼでピョンピョン飛んでるイナゴを取って佃煮にして食べる、なんて話は今でも聞くでしょ?まあ、今となっては「一部のマニアの間」での食生活になっているかもしれませんが、昆虫食は別に「キワモノ系」ではありません。オジサン世代の中には、その昔、日曜日のお昼に放映していた「TVジョッキー」(日本テレビ系列)の「例の話」を思い出す方もいらっしゃるかもしれませんが、アレは本当にガセネタもいいところ。ですが、昆虫食というとアレを思い出す世代は今でもいるでしょうね。詳しくは書きませんけど。
 いずれにしても、事実として昆虫食は現在もあるにはあります

あくまでも「食べるか否かは自由選択」。まあ、それ以外にも問題はあるけどね。

 前述の事実を踏まえた上でまとめますが、コオロギ粉入りの食品を含め、昆虫食を食生活に取り入れるか否かは所詮、自由選択の領域。ダボス会議で何を言おうが、それも自由選択なわけです。ただ、今回の炎上騒動は、話題の唐突感とともに、炎上への対応の仕方について、ちょっと落ち着いて考えようか、と思う次第です。
 まず第一に、「コオロギカフェ」の立ち上げって最近というより、2020年12月らしいですよ(FUTURENAUT株式会社サイト(沿革)より)。そこにダボス会議の話が加わって、河野大臣が食べたっていう話題が報道され、「虫なんか食えるか!」って話になったんでしょうね。
 第二に、炎上騒ぎになるのはよくある話。ですが、「批判に対する法的措置も辞さない」という対抗手段も唐突ですって。むしろ、炎上したからこそこれ幸いとばかりに、人類の食文化の将来に対する危機感を訴え、「食の一つの選択肢」として本件を提案していけばいいのでは?と思う次第です。

今回の話題で思い出した映画がありましたよ。

 今回の話題は、あくまでも食の一つの方向性の提示に過ぎません。ですが、本当に人類が食糧問題に直面したら…。という内容をテーマにした衝撃作が「ソイレント・グリーン」(1973年・アメリカ映画)です。
(あらすじ)
 舞台は人口増加が進む2022年。食料も住むところも失った多くの人類が街にあふれ、ごく一部の特権階級との間に激しい格差社会を生み出していました。多くの食料品は貴重品と化した中、多くの貧民たちは、ソイレント社が製造する「海洋プランクトンから作った」合成食品を配給され、生き延びています。
 ある日、ソイレント社の幹部が何者かに殺害され、殺人課のソーン刑事(チャールトン・ヘストン)は、同居人の老人、ソルとともに捜査に乗り出すのですが、その過程で妨害を受けることになります。挙げ句には新製品「ソイレント・グリーン」の販売を妨害する暴動のさなか、殺されそうになるという場面にも遭遇します。
 そんな中、同居人のソルが「ホーム」と呼ばれる、公営の「安楽死施設」に行ったことを知ったソーンは、彼を追って「ホーム」へと向かいます。ソルは「ある事実」を知ったために、自ら死を選択したのでした。その「事実」とは?そしてなぜソーンは捜査を妨害されたのでしょうか?(あらすじここまで)
 ネタバレになりますので、結論は書きません。ぜひ本編を御覧ください(アマゾンプライムビデオなどで、有料ながら視聴可能です)。
 さて、今回の昆虫食の件を見てこの作品を思い出したのですが、食糧危機というのは、決してSF映画の世界だけの問題ではありません。それは理解できますし、一方で、本作で出てくるような合成食品では、胃袋を満たせても、心を満たすことはできそうにありません。実はここがポイントでして、食べるという行為は、現代人にとって、生きるために大切な行為であるのと同じく、幸福感を得る行為でもあります。和食の文化の一つに「目で食べる」という言葉がありますが、正にこの「心を満たす」こととリンクしています。まあ、いくら粉末になっているとはいえ、「仮面ライダーみたいな顔のアイツ」が食品に入っていると思うと、心を満たせないという人は少なくないでしょうねぇ…。

のりべぇ的結論。「昆虫食はあくまでも食の選択肢の一つ。勝手に食品の中に入れちゃダメよ」。

 そりゃそうだよね。アレルギー問題とかもあるわけだし。ただし、栄養価は高いというのも事実。さて、あなたはどうお感じなりましたか?
 明日もお楽しみに!

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