今日で大型連休も終わりですが、その前に…。
今日は二十四節気の一つ「立夏」です。「夏の立つがゆへ也」と書かれているのは「暦便覧」。その名の通り、夏の始まりということになります。また、春分と夏至の中間に位置していますので、これからますます日が長くなり、お昼の時間がますます増えて参ります。
忘れないうちにお知らせを。今度二十四節気は…。
前日に書きます。当日の夜に書いてもあまり意味ないですし(笑)。旧暦の月替わりは今まで通りとします。また、二十四節気以外の「季節の風物詩」も、当日にお楽しみいただけるよう、前日に書く予定です。
さて、今日の本題。大型連休最終日なので、久々に…。
のりべぇの雑感です(笑)。最近気になっている、のりべぇの身の回りを書かせていただきます。本日のお題は…。
時代が止まった!(音楽の趣味の話など)
えっ?これって「音楽、だいすき!」ネタじゃないの?と思われそうなので、「など」とつけてみました(笑)。それも時間が止まった、ではなく、時代が止まったとネーミングしました。実は音楽だけじゃないんです。「時代が止まっている」ものが。
この連休中、のりべぇが最も感じたことです(笑)。
連休中は自宅にいる間、ずっとamazon music unlimitedで音楽を聴いているのですが、全部西暦2000年以前のもの(若干同一アーティストが2000年以降にリリースした曲も混じってはいますが、せいぜい数曲)。しかも80年代アイドルだの、80年代に流行したフュージョンだの、さもすれば自分が生まれる前のジャズナンバーだったり…。でも、振り返りますと、毎日聴いている曲のほとんどが西暦2000年以前のもの。itunesも覗いたのですが、最後に購入した曲がCDで買ったBruno Mars(ブルーノ・マーズ)の「24K Magic」というアルバム。ほぼ1年、新たにCD、あるいは楽曲ダウンロードをしていない計算になります。前述のamazon musicを本格利用しているから、というのもあるのですが、そうだとしても、逆を言えば最近の曲を聴いていないということになります。amazon musicで最近の曲を聴いていないわけではありませんが、少なくても西暦2019年の全米チャート上位ランクイン曲だの、オリコンランクイン曲なんて聴いてません。
同じように、服装も最近のデザインはおろか、ベースはチノパンにシャツ。もう30年同じ格好です。20代の頃には「チノパン刑事(デカ)」だの「ベストチノパニスト(なぜかベストチーニストではない)」と呼ばれましたが、そのまんま50歳を迎えようとしています。もはや「殿堂入り」(爆)。ちょっと恥ずかしい話ですが、実はプールに行く時の水着も同じでして…。と言いましても、流石に90年代よろしく、俗にいう「ブーメランパンツ」では諸般の問題?もありますゆえ、履くことはありませんが、ボックスタイプや、北島康介氏監修デザインの「V-tough」(デサント製)を使っております。脚が太いので、スパッツタイプはきついんです(笑)。
仕事で使うバッグは相変わらずゼロハリバートン製のアタッシェケース「CE-4A」(販売終了)を使っています(もうすぐ購入から満27年!)し、比較的最新のものはIT機器のみ(それも比較的、っていうだけですよ)。時が止まったというより、時代が完全に止まった気分になりました。50歳目前のオッさんって、こんな感じなのでしょうか?
別に、若作りしようとか若い世代の人に迎合するつもりは、
ないのですが、新たな文化、商品を受け入れられなくなることへの疑問を感じずにはいられなくなりました。不安ではありません。あくまでも疑問です。それも自分に対する疑問として。かといって「のりべぇは明日から米津玄師氏の曲を聞きます!」だの、「ひな壇芸人がおもしろトークをする番組を毎日観ます!」や「仕事で使うバッグはアタッシェケースをやめて、トートバッグやサコッシュにします!」というのもどうかと。悩んでいるわけではないのですが、やっぱり私の中で時代が止まっていることに、一種の老いを感じずにはいられないのが本音です。
結局のところ「どこで折り合いをつけるか」。
少々乱暴な見出しをつけてしまいましたが、結局は「折り合い」のつけ方なのかな?と思った次第です。これが結論。
実は、のりべぇの持ち物を中心に、ある程度の理由や合理性は「担保されて」います。例えば、ゼロハリのアタッシェケースを使い続ける理由は、書類(原稿)を曲げず、濡らさないためには最適なバッグであることですし、チノパン(それもゆったりしたプリーツ入り)や水着(足の付け根より先に生地がない)の件は、自分の生まれ持った体型への適応です。
それで思ったのが、音楽の趣味やテレビ番組についても明確な理由があり、それは、最近流行のジャンルや曲は、自分の人生経験の中で「聴いたことがない、親しんでいない」ものが多いということだったんです。
ですが、持ち物であれば「2019年モデル」を一部でも取り入れることで時代の停止を抑止できるかもしれません。例えば、書類を持たない平日(という日も当然あります)はバッグを変えるとか、チノパンは無理でも、シャツを今年流行の柄にするとか。
音楽については、もともと洋楽好きの私ですから、まずは全米チャートを調べ、上位曲をとりあえず聴いてみる(そのためにamazon musicがあるのでは?)ことで新たな発見があるかもしれません。これを「折り合い」をつける、と表現した次第です。
昔と最近の「時代の境界線」…。
長く生きてまいりますと、昔と最近って、それぞれいつからを指すのかが変わってまいります。一つの指標は成人を迎える前と後、という考え方もありますし、あるいは西暦の節目、西暦2000年以前と以後のような線引きもあるでしょう。日本の場合は元号がありますので、まさに「昭和」「平成」そして「令和」という区分もあるかもしれません。ただ、この境界線というのは特別決まりがありませんから、個々の経験や記憶に委ねられることも少なくありません。
のりべぇの場合、持ち物に関しては1990年代に現在のスタイルがほぼ決まり、そこから大した変化もなく西暦2019年に至っています。音楽の趣味は前後50年くらいに渡るものの、主に1980年代です。音楽趣味の源流は80年代。10代の頃の経験に基づきます。これらとまとめますと、のりべぇの場合は、西暦2000年が一つの境界線になるかもしれません。根拠は、現在持っているものやスタイルが確率し、自分のものになったのがほぼ2000年だからです。2000年ということは折しも、のりべぇが30歳の時です。ただ、その「境界線」からすでに19年も経過していますので、2000年以前を「昔」、それ以降を「最近」と考えるにしても非常に長い期間があるのも事実。ミレニアム世代が成人を迎えようとしている現在。さて、「時代の止まった」のりべぇの今後は…?今と昔、双方とうまく「折り合い」をつけながら生きていくっていうことでしょうかね?
次回もお楽しみに!
(一部敬称略)
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